2010年1月13日水曜日

: ことばの列(文体論)


● 1984/04



 この文章読本に、読者諸賢が文体論など期待していないことは承知しているけれども、文章読本に文章・文体の項はなくてかなわぬもの、一度は通らねばならぬ関所である。
 調べ揚げると、たとえば文体とは次のようなものそうである。
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 《 文体とは継続性である。 》

 この最後の定義は、小説を書くことの辛さを誇張したことで有名なフローベルのものだが、この定義集をいくら睨んだところで、少しも霧は晴れない。
 いやかえってその濃さを増すばかりである。

 困ったときの神頼み、丸谷読本を開いてみよう。

 文体という言葉にみんながいろいろな意味を勝手に付与したために収拾がつかなくなったという事情は、今日、誰でも知っている。
 一つにはその混乱を整理するためにあえて言うのだが、この言葉の中心にあるものは、文章を書くにあたっての
 「
気取り方
 である。
 つまりわたしが前に言った、
ちょっと気取って書くということ、あるいは、気取らないフリをして気取るということ、これこそは文体の核心にほかならない。


 数百の文体論の理論書を、
 わずか数行の実践的心得に凝縮するという離れ業

 が、ここでは演じられている。
 そういえば古典時代の定義に、
 『文体とは、何か知らぬ、よくわからぬものである。
 というのがあった。
 研究者や学者たちの努力にもかかわらず、この2,300年、文体の秘密はついに解かれることなく放り出されたままになっている。

 17世紀フランスの法律家にして、数学者のピイエール・ド・フェルマ(1601--1665)は、トウールーズ地方議会の議員でありながら、デカルトと論争したり、パスカルと確率論について意見をたたかわせたり、なかなかに忙しい人物であったらしいが、フェルマの死後、その蔵書の余白に、

 xn + yn = zn (注:「n」は指数)
 において、「n」が2よりも大きい整数のときは、決して「整数」解をもたない。

 と書き付けてあるのが発見された。
 「n=2」の場合はとうの昔にわかっていた。
 (x=3,y=4,z=5)がその解で、いわゆる「ピタゴラスの定理」である。
 問題はフェルマが結論だけを記し、途中の証明を書き残さなかったことだ。
 「n」が「3以上」だったら成り立たないとフェルマはいうが、どうすれば証明できるのか。
 以来、この「フェルマーの大定理」は全世界の数学者をとりこにしてきた。
 そして現在も、まだ証明されていない。
 もしここにこの謎を解いた数学者がいて、彼がその論文を書き上げれば、彼の論文は必ずや真の文体を持っているに違いない。
 彼の全存在が近代数学史の全量と正面衝突し、彼の生命はおどっている。
 こういう精神が文体を生まないわけがないのだ。

 「通俗」たると「純」たるとを問わず昨夏も、これまでの全財産を背負いながら、この時代と対峙し、「人間とはなにか」という謎を解かねばならない。
 人間についてなら、どんな小さな謎でもいいのだ。
 その解を得たとき、これまでの決まり言葉の列が歓びに踊って「文体」となる。
 どんな大作家でも、常に文体を保持しているとは限らない。
 生命のおどって書いたもののみに、文体がある。






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 Wikipediaより

 フェルマーの最終定理(フェルマーのさいしゅうていり)とは、3 以上の自然数 n について、xn + yn = zn となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせがない、という定理のことである。
 フェルマーの大定理
とも呼ばれる。
 フェルマーが驚くべき証明を得たと書き残したと伝えられ、長らくその証明も反例も知られなかったことからフェルマー予想とも称されたが、360年後にアンドリュー・ワイルズによって完全に証明され、「フェルマー・ワイルズの定理」と呼ばれるに至る。

 ワイルズがケンブリッジ大学で1993年の6月21日から23日にかけて3つの講義からなるコースで証明を発表したとき、聴衆は証明に使われた数々の発想と構成に驚愕した。
 ただし、その後の査読において、ワイルズの証明には一箇所致命的な誤りがあることが判明した。
 この修正は難航したが、約1年後の1994年9月、障害を回避することに成功した。
 ワイルズ自身、その時の瞬間を「研究を初めて以来、最も大事な一瞬」と語っている。
 1994年10月に新しい証明を発表。
 1995年のAnnals of Mathematics誌において出版し、360年に渡る歴史に決着を付けた。
 なお、証明の過程では、まずはコリヴァギン=フラッハ法を用いたが、それでは不十分だと判明したので、以前に採用してから放棄していた岩澤理論を併用することで、最終的な証明が完成した。




 【習文:目次】 



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