2010年3月13日土曜日

★ イタリアン・カプチーノをどうぞ:内田洋子

_

● 2000/06[1995/06]



 わたしはイタリアが好きです。
 ミラノやローマの空港に降り立つ度に、まるで初めてイタリアに来たときのようにわくわくします。
 世の中の面白いことが自分を待ち受けているような感じ、といえばいいのでしょうか。
「今度は何を見せてくれるのかしらん」。
 走って国中を見てみたいような衝動に駆られます。
 嬉しくて嬉しくて、いてもたってもいられません。

 日本とイタリアを往き来するようになって19年目になりますが、未だに毎回この気分は変わりません。
 ところが、そうした幸せな気持ちをじっくり噛み締める間もなく、「イタリア的トラブル」はやたら次々と身に降りかかってじます。
 空港でまつわりつく白タク。
 押し寄せるジプシーのスリ団。
 あっつ、釣り銭ごまかされた!
 ニコニコしながら、違う道順を教えてくれるオジさん。
 しょうっちゅう計算間違いのある、公共料金請求書。
 ああ、どうしてこんな国に来てしまったのだろう。
 やっぱり、日本がいいなあ。
 期待を裏切られる生活にもすっかり疲れてしまって、深いため息をつきながら天を仰ぎます。
 すると、また天から笑いと幸せが降ってくる。
 そういう国です、イタリアは。

 秩序正しく見事に統制のとれた日本社会と違って、外から見ればイタリアは支離滅裂です。
 中に入るともっとすごい。
 国民全員が、自分の好きなことを自分勝手にしています。
 みな一斉に文句を言う。
 必死で言う。
 自分だけが正しく、他人は間違っている。
 うるさいの、うるさくないの。
 ところが、避難はするけど否定はしない。
 それもまた人生、と尊重するのです。
 そこで、ますます統制は乱れ、イタリアは四方八方へと収拾がつかなくなる。
 困った、と言いながら、でも誰もまとめようとはしない。
 イタリア人の数だけイタリアがある、という感じ。
 まさに混乱の極み。
 これではまともな社会生活が送れる方が不思議というもの。
 でも、このカオスこそがイタリアのパワーです。
 巻き込まれると大変です。
 が、それもはじめのうちだけ。
 波乗りをする気分で、イタリアの事件の海に身を任せるのが楽しみになってきます。

 陽気なだけが取り柄のように言われるイタリアですが、辛いときだってある。
 暗くてさみしいイタリアもあれば、憎たらしいイタリアもある。
 私が会ったいろいろなイタリアをご紹介してみたつもりです。
 
 イタリアへ、本当に、ようこそ。

 1998年8月  内田洋子








 【習文:目次】 



_