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● 2006/03[2006/02]
『
ある夜、16歳の少女が父親の書斎で見つけた不思議な本、それがすべてのはじまりだった。
真ん中に竜の挿絵が入っているだけで、あとは白紙のその古びた本には、ドラキュラを示す言葉が記されていた。
少女がこの本のことを尋ねると、父親のポールは青ざめ、彼女の思いもよらなかった過去をほつりぽつりと語りだす。
大学院時代のこと、この竜の本にまつわる資料をポールに託した直後に不可解な失踪をとげた指導教官ロッシ教授のこと、そして、少女が幼い頃に亡くなった母親との出会いを。
ポールは恩師の行方を捜して、イスタンブールから冷戦下の東欧まで竜の本の謎を追いかけるのだが、すべてを話し終えないうちに、今度は彼が娘の前から姿を消してしまう。
少女はのこされた手紙を手がかりに、決死の覚悟で父親捜しに行く‥‥。
本書『ヒストリアン』は、発売されると同時に、全米ベストセラー第一位に輝いたエリザベス・コストヴァの華々しいデビュー作である。
累計部数は百万部を突破、世界33カ国で翻訳出版が決定し、映画化も予定されている話題作だが、10年の歳月をかけて紡ぎ上げられたこの壮大な物語はその前評判の高さにもたがわず、歴史ミステリのおもしろさを心ゆくまで堪能させてくれる。
ここでは3つの時代の物語が幾重にも絡み合い複雑な模様を描きながら、作者のしなやかで卓越した手にあやつられて美しくも哀切なハーモニーを奏でる。
若き日のロッシが竜の本の謎を追う1930年代、少女の父親がそのロッシを捜す50年代、そして少女が父親の行方を捜す70年代。
この3代にわたる数奇な物語で登場人物のたちの運命を翻弄するキーマン、それがドラキュラである。
ただし、ここに登場するドラキュラはブラム・ストーカーとハリウッドが創りだした"ドラキュラ伯爵"ではない。
押し寄せるオスマン帝国十数万の大群をわずか数千の兵力で退けた母国の英雄にして、自国の民を何千何万となく串刺し刑で粛清したとされる血に餓えた暴君、15世紀に実在した封建領主ワラキア公ヴラド・ツエペシュのことだ。
はたしてこの誇り高き孤高のワラキア公は悪逆非道な吸血鬼なのか?
いまだに謎とされるその死の真相と死骸の行方も含めて、薄暗い文書館で、山中にひっそりたたずむ修道院で、時が止まったような東欧の村で、ゆっくりした地道な足取りながらスリリングな探索の旅が続く。
銀の銃弾や十字架や杭といったおなじみの小道具も登場するが、本書の歴史家たちが手にした吸血鬼退治の最大の武器は、古い地図や手紙や伝説といった資料であり、歴史の真実を解き明かしたいという情熱であり、愛する人を救おうとする勇気である。
2006年1月 高瀬素子
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【習文:目次】
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