● 2009/11
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2005年6月10日、岐阜県関市上之保鳥屋市の不動堂から、円空仏二十一体が盗まれた。
翌日の新聞各紙には「市民ショック、心の支え失った」などの見出しを打った記事が掲載された。
静かな隠れ里のような鳥屋市にはいかにも不似合いの盗難事件で、この物語で大切な役を担う通称「尼僧像」も二十一体のなかに含まれていた。
ちょうど「円空流し」連載をはじめて間もなくの出来事である。
じつは、すでに編集部へ送付しておいた原稿のなかで、ぼくはその尼僧像が盗難に遭うという設定で物語を進めていた。
掲載は同年9月になる予定だったけれど、現実との不思議な符号に内心驚かされた。
同時に、前年の夏、蝉しぐれの降り注ぐちいさな不動堂で出会った尼僧像のおたやかな笑顔を、ちょうど恋する女性がいなくなったように切なく思い浮かべたものだ。
あれからもう三年以上の時が経過した。
不動堂に、いま尼僧像はない。
想像の世界とはいえ、盗難事件に遭わせてしまったことを遠くから申し訳なく思いつつ、一刻も早く尼僧像が戻ってくるのを祈らずにはいられない。
(2009年秋 著者)
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