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● 1993/09[1992/08]
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ではなぜ、サイズの小さいものが系統の祖先になりやすいのか。
その理由は、小さいものほど「変異が起こりやすい」ことにある。
小さいものは一世代の時間が短く、個体数も多い。
よって、短時間に新しいものが突然変異で生まれ出る確率が高い。
また、小さいものほど移動能力が小さいので、隣の仲間から地理的に隔離されやすく、したがって新しく変異で作られた集団が、独自の発展をとげる機械が多いん。
また、小さいものほど環境の変化に弱いので、たまたまうまく適応したものを残して、あとは淘汰されてしまうという可能性も高い。
こう考えると、小さなものが新しい系統の祖先になりやすいことが理解できる。
大きいものは、ちょっとした環境の変化はものともせずに、長生きである。
これは優れた性質ではあるが、この安定性がアダとなり、新しいものを生み出しにくくなる。
大きいと個体数が少ないし、一世代の時間も長いから、ひとたび克服できないような大きな環境の変化に出会うと、新しい変異種を生み出すこともできずに絶滅してしまう。
一方、小さなものは、どんどん食べられ、ばたばた死んでいくが、つぎつぎと変異を生み出し、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」という流儀で後継者を残していく。
地球の環境というものは、まったく変化がないわけでもなく、かといって天変地異の連続ばかりというわけでもなかった。
現在、この地球上には、大きいものも小さいものも両方生きている。
このことは、どちらもそれなりの生き方でやっていけるということを意味しているに違いない。
古生物学に関する「法則」をもう一つ。
島に住んでいる動物と大陸に住んでいる動物とでは、サイズに違いが見られる。
典型的なものはゾウで、島に隔離されたゾウは、世代を重ねるうちに、どんどん小型化していく。
ネズミやウサギなどのサイズの小さいものは、これとは逆に、島では大きくなっていく。
島に隔離されると、サイズの大きい動物は小さくなり、サイズの小さい動物は大きくなる。
これが古生物学で「島の規則」と呼ばれているものだ。
島では、なぜこのようなサイズの変化が起こるのであろうか。
一つは「捕食者」の問題だとおもわれる。
島というのは環境は、捕食者の少ない環境である。
大雑把な言い方をすれば、一匹の肉食獣にはそのエサとして100匹近くの草食獣がいないと養えない。
ところが島は狭いから、草の量が限られ、10匹の草食獣しか養えないとすると、肉食獣は餌不足になり生きていけない。
が、草食獣は生きていけるという状況が出現する。
つまり、島には捕食者がいなくなってしまうことになる。
こうした環境したでは、ゾウは小さくなり、ネズミは大きくなる。
ゾウはなぜ大きいのだろう。
それはたぶん捕食者に食われにくいからだろう。
ネズミはなぜに小さいのだろう。それも捕食者のせいでだろう。
小さくて物陰に隠れることができれば、捕食者の芽を逃れられる。
島国という環境では、「エリートのサイズ」は小さくなり、ずばぬけた巨人と呼び得る人物は出てきにくい。
逆に小さい方、つまり「庶民のスケール」は大きくなり、「知的レベル」はきわめて高くなる。
「島の規則」は人間にもあてはまりそうだ。
大陸に住んでいれば、とてつもないことを考えたり、常識外れのことをやることも\可能だろう。
まわりから白い目で見られたら、さっさと他所に逃げていけばいい。
島ではそうはいかない。
出る釘は、ほんのちょっと出ても、打たれてしまう。
だから大陸ではとんでもない思想が生まれ、また、それらに負けない強靭な大思想が育ってbいく。
獰猛な捕食者に比せられるさまざまな思想と戦い、鍛え抜かれた大思想を大陸の人々は産み出してきたのである。
これは偉大なこととして畏敬したい。
が、しかし、これらの大思想はゾウのようなものではないか?
これらの思想は、人間が取り組んで「幸福に感じる」思考の範囲をはるかに越えて、巨大サイズになってはいないか。
動物に無理のないサイズがあるように、思想にも人類に「似合いのサイズ」があるのではないか?
もちろん、こういう連想は、論理的なつながりのあるものではない。
しかし、生物学というものは、人間が何か考える際に、それなりの手がかりを与えてくれるものだと私は思っている。
日本という島国と、アメリカという大陸国、これらの違いを考えるうえで、生物学や古生物学も参考になるのではないか。
島の規則がそのまま人間にあてはまるどうかはさておく。
いまや、地球はだんだん狭くなり、一つの島と考えねばならぬ状況に立ち至っている。
いままでは「大陸の時代」だった。
これからは好むと好まざるとにかかわらず「島の時代」になる。
日本人は島に住んでいるのだから、自己のアイデンテイテイーを確立するためにも、
「島とはなにか」
を、まじめに考えるべきであろう。
これまで日本人がつちかってきた「島での生活の知恵」が、これからの人類にとって、貴重な財産になっていくべきだと、私は思っている。
』
【習文:目次】
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