2010年7月7日水曜日

: 「活字離れ」の間違い

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● 2009/02


『  
 インターネット時代に入り、「新聞離れ」「本離れ」「雑誌離れ」が確実に進行している。
 それは「活字離れ」「文字離れ」とも表現されている。
 だが、間違った表現である。
 安易にそういう言い回しをすべきでない。

 19世紀のドイツで活版印刷技術が発明された。
 それにより、「活字」が生まれた。
 「活字」を現代風に解釈すれば、
 「機械によって打ち出された文字
ということになるだろう。
 決して、紙の上に印刷されているものだけが、「活字」や「文字」ではない。
 パソコンや携帯電話の画面に現れる字は、断るまでもないことだが、「活字」であり「文字」である。
 こう考えると、「活字離れ」「文字離れ」というのは、いかにもお門違いに表現であることがわかる。

 それを列証してみよう。
 「日本語ブログ世界一
 2008年7月2日の毎日新聞の一面のトップに、こんな記事が掲載された。

 総務省の情報通信政策研究所の調査によると、ブログは世界に約7千万あり、使用言語別では日本語が「約37%」と、2位の英語の「約36%」、3位の中国語「約8%」を抑えて、トップであることがわかった。

というのである。
 また調査では、2008年1月末時点での国内のブログは「約1千690万」あり、国内のネット利用者「8千811万人」の約2割が利用している。
 記事総数は「約13億5千万本」で、単行本「約2千700万冊」の情報量に匹敵する、とういう。
 また、ビデオリサーチ・インタラクテイブの別の調査では、2007年の1年間のブログサイトへの推定訪問者数は「約3千500万人」だった。

 高校生以下ではネット接続はパソコンではなく、携帯電話からである。
 日本は携帯電話をインターネットに繋げた最初の国である。
 高機能、多機能という点では世界で群を抜いており、独特の「ケータイ文化」が出来上がっている。
 よって、携帯電話のハードも世界の低水準からかけ離れているため、進化の極限として「ガラパゴス進化」とも自嘲されている。

 日本の子供たちにとってケータイは、最強の情報端末になっており、携帯依存は大人の想像をはるかに超えている。
 それも低年齢化が進んでいる。
 日本PTA全国協議会の2007年度の「子どもとメデイアに関する意識調査」によると、携帯電話を持っているのは、小5で19.3%、中2で42.9%。
 一日の携帯メールの平均送受信数は中2の場合で、「11~20通」が17.0%で最多だったが、「51通以上」が16.2%いた。
 「深夜でもかまわずメールのやりとりをしてしまう」子どもも51.4%いた。

 パソコンや携帯電話に慣れきったことにより、漢字の読み書き能力が落ちたと実感している人が多い。
 文章もブツ切れの短文が多くなり、表現がぎこちなくなったようだ。
 日本語がさらに乱れだした、とも指摘されている。
 だが、嘆くべきことでもない。
 パソコン、携帯電話による漢字変換も文章などを作る点では同じである。
 漢字の書き取り能力を高めたいなら、スポーツと同様、手を使って紙に書いて覚えないと身につかないだろう。
 しかし、同音異議語を正しく変換できるかどうかは、手書きもパソコンも変わらない。
 視覚からの除法が増えるネット社会では、手書き時代よりも読める漢字が増えていく。

 電子メールやブログの隆盛をみると、インターネットによってむしろ、漢字や活字に接する機械は増えている。
 電子メールやブログの発信とは、
 「文章を作りあげる作業
である。
 「手書き時代」の人々は、日々これほどの文章を綴っていただろうか。
 小中学生や青少年が、これほどたくさんの文章を綴り、電子メールに夢中になるなど、「手書き手紙の時代」には考えられなかったことである。
 ネットには、ヤフー、グーグルに代表される検索サイトやニュースサイトがあるが、その閲覧も文字や活字を読み取る作業である。
 日々、こうしたサイトのぞく多くの人たちがいる。
 ネットがなかった時代の人々が、紙の辞典や辞書でこれほど多くの調べ物をしただろうか。

 若者や青年を「活字離れ」「文字離れ」と決めつけるのは、やめたほうがいい。
 新聞、本、雑誌といった「紙メデイア」から離れだしているのである。
 「紙離れ」が正解なのである。


[注:ガラパゴス進化
 日本の携帯電話は、技術的には世界の最先端を走っている。
 外国製の端末を開けると、電波の周波数を制御する水晶部品の6割ほどは、日本製品である。
 ところが、年間10億台に乗る世界の携帯電話の日本製のシェアは7%ほどに過ぎない。
 日本の携帯電話会社(キャリアと呼ばれる)や携帯端末メーカーで、世界の相手にビジネスできているところはまったくない。
 日本の携帯電話は、独特の進化を遂げており、最先端、高機能、高価格すぎて、世界市場には入っていけなくなっている。
 つまり、日本のケータイは文化として特異な進化を歩んでいるのだ。





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2010年7月6日火曜日

: インターネットのインフラは、パンク寸前

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● 2009/02



 民放にしろ、NHKにしろ、番組のネットへの同時送信は、当面は無理な状況だ。
 通信サイドの人たちは、インターネットを取り巻くインフラが、万全ではないことを知っているからだ。
 プロローグで紹介したように、ネット上の情報量はこの10年間で1万5千倍に膨れ上がり、日本で流通する情報量は530倍にもなっている。
 しかも、一日の時間帯による差異が激しい。
 総務省のデータによると、平日一日のピーク時間帯は午後9時から11時で、最も利用が少ないときの時間帯に比べて情報量は2.5倍もの開きがある。
 この調子で推移すれば、むこう数年で日本のネットのインフラはパンクするおそれが強いのだ。
 パンクとはラフな表現だが、平日の午後9時から11時にかけて、文字や動画のコンテツの伝送は渋滞を起こし、届くのに時間がかかったり、ネットへの接続自体ができなくなることが予想される。

 さらに、電力消費量の問題もある。
 経済産業省の試算では、パソコン、サーバー、ルーターなどのネット関連機器を使用することによる日本国内の消費電力は2006年で全消費電力の約5%にあたる。
 このままネットの使用が急増していくと、2025年には約20%に以上になると見込まれる。
 これを原子力発電所の増設でまかなうとすると、22基(1基100万kwの原発に換算)が必要になるという計算だという。
 一連のデータは、虚仮おどしではない。
 総務省はこうした状況を危惧し、2008年2月にインターネット政策懇談会を設置した。
 どうしたらパンク状態に陥るのを防げるのか、あるいはヘビーユーザーもライトユーザーも一律定額制になっている利用者のコスト負担をどう改めていくか、などについて議論している。

 長年、光ファイバーの技術開発に携わってきた、この分野での日本におけるリーダーのひとりである島田禎くに氏は、

 高速・大容量の光ファイバーの技術は、まだ開発の余地がある。
 しかし、ネットでの情報の爆発の方がはるかにピッチが速い。
 光ファイバー網をいくら拡充してもおいつかないだろう。
 それに、これ以上の光ファイバーへの投資は、経済コストの面からも無理だろう。
 日本だけでなく、世界に共通していえることだが、ネットに制限を加えなければ、極めて深刻な事態に陥るだろう。

と、警告する。

 例えば、2008年8月の北京五輪の開会式。
 日本ではざっと5千万人がテレビで生中継を見ていたという。
 もしこれが仮にパソコンでも生中継で視聴できたとすると、「おそらく、ネットはパンクしていただろう」と推測するIT技術者は多い。
 あの開会式は、ネット利用のピーク時間帯である、午後9時から11時にかかっていたからだ。

 サイバーテロの危険性も、払拭できない。
 ウエブ上のコンテンツに横槍を入れて番組をいじりまわすとか、番組そのものを消去させてしまう輩が出てくる可能性がある。
 現状ではそれを防御する技術は確立されていない。
 完全と思われる防御技術を開発しても、ネットの世界ではそれを身上とする人間がいるのだ。
 両者のイタチゴッコが続くことであろう。
 
 こういう状況では、テレビの番組を同時にインターネットに流すことは、避けたほうが得策であろう。
 多くの人に瞬時に動画映像を送り届けることについては、現状のIT環境ではインターネットよりテレビのほうがはるかに優れている、と断言していいであろう。







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★ 新聞・TVが消える日:プロローグ:猪熊建夫


● 2009/02



 すっかりインターネットの社会になってしまった。
 新聞に掲載されているニュースはパソコンや携帯電話でそっくり読める。
 動画映像も携帯端末で存分に楽しめる時代になった。
 さらにネットの侵食によって米国の新聞社も身売り・再編が相次ぎ、倒産した新聞社も出てきた。
 日本の新聞界も崖っぷちに立たたされ、
 「新聞が消える日」
が現実味を帯びてきた。
 テレビにもネットは侵食のピッチをあげてきている。
 欧米では「放送と通信の融合」が本格化している。
 日本のテレビ界も、及び腰ではあるものの放送済み番組のネット配信に踏み切った。
 新聞に続いて、
 「テレビが消える日」
も、やってくるのだろうか。

 ともかくもインターネットが猛威をふるっている。
 それを如実に示すデータを、まず紹介しよう。
 インターネット上の情報量は10年間で「1万5400倍」に膨れあがった。
 このため日本で流通するすべての情報量は「530倍」になったということになる。
 あまり注目されていない調査だが、総務省は毎年、「情報流通センサス」というのをだしている。
 各種メデイアによる情報流通を共通の尺度で計量し、時系列的にその動きを把握しようとするものだ。
 2006年度調査では、インターネット、テレビ、電話、データ通信サービス、電子マネーから新聞、書籍、封書などの情報伝達手段を「71種」選び出し、それぞれを計量化した。
 一般にいうメデイアより、相当、広義にとらえているから、「71種」にもなるという。

 実際の計量においては、文字や動画などさまざまな情報形態の情報量を、各メデイアに共通な尺度として、
 「日本語1語=1ワード」
とする「ワード単位」に換算している。
 例えば、
 日本語文章(漢字かな混じり文)の1文字を「0.3ワード」、
 話し言葉は1分で「71ワード」
 音楽は1分で「120ワード」
 カラーテレビは1分で「672ワード」
といった換算比価を使っている。
 さらに、コンピュータ上での日本語は1文字は「16ビット」であるから、「1ワード=53.3ビット」としてビット換算している。

 2006年度の情報量は、「2.28×10の20乗」ワードで、1996年の数値と比べと「530倍」になっている。
 年平均伸び率に換算すると「87.2%」の伸びになる。
 そのうちの「98.8%」をインターネットが占めているのである。
 テレビ・新聞など他のメデイアはなんと計「1.2%」に過ぎない。
 つまりほとんどインターネットの情報が占めていることになる、というわけだ。
 ネットだけの情報量をみると、10年間で「1万5400倍」にもなっている、というのだ。
 電子メール、ブログ、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)、検索サイト、動画配信・投稿サイトなど、人々が日々、ネットにいそしむ姿が、こうした数値に表れてきているのである。
 筆者は熟年時代に所属するが、これまでネットに関心が乏しかった友人、知人たちも、どんどんパソコンに熱中しだした。

 爆発的に情報があふれる中でコンテンツ産業、とりわけ新聞とテレビが影響を受けないでいられるわけがないのだ。
 それは、2008年度に入ってくっきりと現れてきた。
 2008年9月中間決算で朝日新聞が営業赤字に転落し、また産経新聞は経常利益が赤字になってしまった。
 ネットに恒常的な広告を奪われていることに加え、世界経済の急激な悪化で、自動車、電機などの大企業が軒並み広告宣伝費を大幅カットしてきたためだ。
 「新聞が消える日」の予兆ともいえるかもしれない。
 テレビもかなりの異変が起きた。
 2008年9月中間決算で、東京キー局5社のうち日本テレビ放送網とテレビ東京の2社が純利益ベースで赤字に陥ってしまたのだ。
 他の3社も大幅な減益となった。
 企業側の広告戦略がテレビからインターネットへとシフトしていることが影響しているようだ。

 光ファイバー網などによるネットのブロードバンド化は、ここ数年で急速に進んだ。
 ブロードバンドの契約数は2008年末で、全国で約3千万となった。
 総務省のデータによれば、ブロードバンド契約者がダウンロードした1秒あたりの情報量は、統計を取り始めた2004年9月と2008年5月を比較すると、3.2倍になっている。
 ブロードバンドは、文字写真音楽などと比べるとはるかに情報量の多い動画映像を伝達する能力を持っている。
 ある意味ではテレビより優秀だ。
 テレビは「1対多」の一方通行である。
 ブロードバンドでは動画映像は「1対1」でも、「1対多」でも「多対1」でも送ることができる。
 しかも、送信・受信の双方向が可能だ。
 ブロードバンドを駆使すれば、誰でもテレビ局になれるのだ。

 インターネットによって、コンテンツ産業の立ち位置はどう変わっていくのか。
 その半分弱の市場を占める新聞とテレビはどうなるのか。
 「新聞とテレビが消える日」は近づいているのだろうか。
 あるいは既存のコンテンツ産業とネットの間で、著作権や情報通信の体系についていかに折り合いをつけていくのか。
 ホットな動きに目をこらしながら、こうした動きを俯瞰してみたのが、この本である。





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2010年7月3日土曜日

: ドイツのエリートはなぜ群れないのか

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● 1999/02



 ホワイトカラーの中堅どころの一般職員の月収は、手取りで平均2,500マルクから3,000マルク(約17万5千円から21万円)ぐらいです。
 共稼ぎの妻の収入を加算しても、一家の収入はせいぜい税込みで5,000マルク(約35万円)そこそこ。
 家賃を支払い、車を購入して1年に1度、3週間くらい外国での休暇を楽しむのが、精一杯です。
 
 また、ドイツでエリートという類の人たちは、概して知識には貪欲ですが、金にはあまり執着しません。
 むしろ拝金主義を嫌う傾向にあります。
 これはドイツの学校教育では、キリスト教に則った宗教教育を必修にしていることにも一因があるといわれています。
 知人のドイツ女性は、次のような分析をしてくれました。

 日本企業に入社して、はじめに不思議に思ったことは、日本人は宗教が生活の中で生かされていないということでした。
 日本人の誰に聞いても、何を信仰しているのか曖昧な答えが返ってくるだけでした。
 やがて日本では、学校などで特別に宗教を教えることはないと聞きました。
 そればかりでなく、多神教であることもです。

 ご存知のようにヨーロッパはキリスト教圏です。
 神は一人しかいません。
 しかも神は絶対的です。
 その神に仕えているのが欠点だらけの人間なのです。
 神から見れば人間は塵芥に過ぎません。
 神が見てそれが不正と映れば、おゆるしになりません。
 そのことに一人の人間が気づき、神という絶対的なものを味方につけているという自信に支えられていれば、群れることも拒否してしまうのです。

 結局、西欧では一人ひとりが、神と対話することによって、ことの善し悪しを判断し、はじめて行動を開始します。
 つまり群れる仲間に入るか入らないか、神にお伺いを立てて決めるのです。
 もちろん、これには個人差があります。
 それが神の意志に反することであっても、群れる行動をよしとする人も出てきます。
 しかし神との対峙で決めた行動ですから、その後の行動は個人が責任を持つわけです。
 また場合によっては、その後に神の裁きが待っていることも知っているわけです。

 この辺が日本人とヨーロッパ人の価値観の差であり、欧米での個人主義と日本の集団主義の違いなのかもしれません。
 しかし、いくら神との対峙といっても、人間が一人ひとりちがうように、人間の見解にも差が生じます。
 法による規制や、罰則の規程はそのためにあるものなのです。

 というわけで、ドイツのエリート官僚は群れない、横並びしない、能力主義に徹する、義務を怠らない、自己犠牲に動じないのは、長年のキリスト教にのっとたモラルが徹底しているからでしょう。









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2010年7月2日金曜日

★ 歯がゆいサラリーマン大国・日本:クライン・孝子


● 1999/02



【リストラにおびえない4つの理由】

 戦後から今日まで、日本企業の美徳だったはずの年功序列や終身雇用といった日本型経営の基盤がゆらぎはじめ、日本のサラリーマンにとって、
 「会社のために身を粉にして働くメリット」
が少なくなりつつある。
 これまで日本の経済が経験したことのない「大転換期にある」ことだけは間違いない。

 しかし、それにしてもです。
 日独のこの大きな違い、一体これはどういうことなのでしょう。
 この違いは一体どこからくるのでしょう。
 要因としては、ドイツのサラリーマンの考え方というか、生き方にあるのではないかと思います。
 主に気づく点を挙げてみましょう。

(1).ドイツのサラリーマンは、自己責任と自己管理が行き届いている。
 日本の集団主義と正反対といってよく、それだけに、常に自分を守るためにアンテナを張り巡らしています。
 そのアンテナは会社だけではなく、会社から一歩出たところでも、自分の所属する労働組合や、自分の周囲で行われている政治にも向けられます。
 日本のサラリーマンが、会社一筋で、言葉は悪いのですが”馬車馬”のように働きづめで働いてきたのに対し(だからこそ、日本がこれほどの経済大国になれたのですが)、ドイツのサラリーマンは利口で、世間ズレしているというのでしょうか、冷たい目で世間をみつめ、要領よく立ち回っている。
 終身雇用や年功序列という習慣がないため、解雇は日常ですし、その一方で能力のある者は、よりよい条件と職場を求めて会社を渡り歩き、昇進のチャンスを掴みます。
 それだけにボヤボヤしていられない。
 自己管理と自己責任を自らに徹底させていなければならないのです。

(2).ドイツではほとんどのサラリーマン家庭が共稼ぎか、あるいは正式に職に就かない場合でも、妻が内職やパートで働いていて、経済的に自立している。
 つまり一家の負担が、夫一人の肩にかからないように工夫している。

(3).ドイツのサラリーマンは自分の職業に対して、自分の意思で選んだ職業であるという誇りを持っている。
 ドイツは伝統的にマイスター(手に職を持つ人)を非常に尊ぶ国です。
 日本のサラリーマンのように、どの会社に就職するかを重んじるのとは違って、自分はどの職業を身につけているかを重んじるのです。
 彼らは、誰にも負けない腕を持っているという自負があるため、どのような窮地に追い込まれても、結果として腕一本で生き抜いてみせるという自信をもたざるを得なくなっている。
 ですから、たとえリストラの対象となったとしても、運が悪かったと気を取り直して、すぐに仕事を探す。
 「へこたれることはできないのです」。

(4).
 ドイツのサラリーマンは身分をわきまえている。
 一言でいえば、
 「サラリーマンとは何か。会社に労働を売って報酬を得る、使われている身分にすぎない」
ということを、早い時期から頭に叩き込んで、自分の生き方や価値は会社以外のところで見出し、自分の生活を大切にしている。
 というのも、ドイツにはいまだに、厳然とした身分制度が残っているのです。
 そのドイツの階級ですが、「超上流階級」として、旧貴族階級=アリストクラシーがあり、彼らはめったに公衆の前には姿を現わさず、彼らだけの閉鎖的社会を作っているといわれている。
 そして、どいつの一般社会もまた、この階級の存在を当然のこととして受け止めている。
 旧貴族階級いがいの階級は、主として職業によって分けられ、いずれの階級も、例外はあるものの、ほとんど同じ階級の者同士で交流するケースが多い。
 よって、兄弟姉妹でも職業がちがうと、ほとんど交流がなく、せいぜい冠婚葬祭のときにのみ顔を合わせるだけというのが普通になっています。

 このような身分制度と職業区分制の明確なドイツでは、なによりもまず、日本でいうところの「サラリーマン」という概念が、それ自体で成立しないのです。
 もちろんドイツに「サラリーマン」がいないわけではありません。
 ただ、ドイツでいうサラリーマンは、職種によって、それぞれ文化しているのです。
 別の言い方をしますと、日本で一括して扱われている「サラリーマン」というのは、ドイツでは3つの「階級」に分かれ、それぞれ独立した形で存在し、おのおの一つの社会を構成しています。
 その3つの階級ですが、次のようになります。

[1].ブルーカラー
 製造現場で働いたり、下積みの肉体労働や単純労働に就く生産労働者・現場労働者
[2].ホワイトカラー
 事務的な中間部門に携わる職員
[3].エリート
 主として大学卒業と同時に与えられる”マギスター”や”デイプローム””博士号(ドクター)”という資格を持つキャリア組

 ブルーカラーの中には、マイスターの資格を取得して、自立して自営業を営んでいる人も多くいます。
 エリートに所属する人たちには、法律家とか医者、教師という職業が含まれます。
 そしてこれらの3つの階級への配属はおおむね「小学校終了時」に決定されてしまうのです。
 つまり、「サラリーマン3階級」とは、そのルーツは学校教育にあり、ドイツの学校教育では、身分を振り分けるために、徹底した実力主義が取り入れられているのです。
 ただし、ここで注意することは、その身分の振り分けの機会については、誰でも平等に与えられているということです。





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2010年7月1日木曜日

: 「日本国憲法」の文章

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● 1995/05[1984/11]



 ある種の感覚の持ち主から見れば、明治憲法の文章は確かに名調子なのかもしれません。
 それは何かすごく「ドス」が利いて、口調がよくて、颯爽としていて、「景気がいい」ような感じがするかもしれない。
 しかし、調子はいいけど、何を言はうとしているのか明らかではない。
 つまり散文としての機能を果たしていないのです。
 
 それに比べて現行憲法の文章は、「モタモタ」していて、歯切れが悪く、冴えないことおびただしい、「シマらないもの」であります。
 が、しかし、伝えるべき内容がともかく、「何とかわかる」ような文章にはなっている。
 その分だけ「マシである」、と私は思っているんです。

 ここで問題は複雑になってきます。
 現行憲法の文章が明治憲法に比べてまだしもいいというのは、これが英語から翻訳したもんだからなんです。
 非常に情けない話になってしまうのですが、元の文章が英語で出来ていて、それを訳したものだから、訳し方の下手さは別として、ともかく意味がちゃんと伝わるものにはなった。
 で、なぜ現行憲法のもとの英文がしっかりしていたか、という問題ですが、これは
1.法律論的に見る見方と、
2.文章論的に見る見方
がある。
 両方を論ずればいちばんいいんですが、それは私にはできませんから、文章論に限って話を進めます。

 答えは非常に簡単なことで、要するにこの原文が書かれたアメリカでは、散文というものが確立していたからだ、ということです。
 つまり論理的な内容に筋道を立てて明晰に考え、これを明晰に表現する、あわよくばそれを名文で表現する、あるいは巧妙に表現する。
 そううまくゆかない場合でも、とにかくちゃんと意味が伝達されるように表現する---そのような文章の書き方が、社会一般の風習として確立していた。
 それにつきるんです。
 これを逆に言えば、明治憲法が書かれた明治期において、いや現行憲法が翻訳された昭和20年代においてすらも、日本語の散文というものが確立されていなかった。
 今日ここで私の言いたいことの主眼は、実はこのことなんです。

 日本語の散文といえば、たとえば「方丈記」や「徒然草」の文章が頭に浮かぶ。
 あるいは漢文系の「日本書紀」とか「日本外史」の文章があげられます。
 しかし、和文脈系漢文脈系の双方とも、国民の大多数が、自分の意思を他人に対してはっきりと、そして'詳しく表明するための道具にはなっていなかった。
 そういうものではなくて、極めて特殊な個人の使う、極めて特殊なもの過ぎなかったのです。
 こういうことになった理由はいろいろあります。
 
 日本の言語表現は和歌を中心にしていました。
 そして和歌というのは古代の呪術的なものの名残を引いています。
 その和歌をつなぎあわせるというような形で、和文の表現は出来上がってきました。
 本居宣長の「玉かつま」でも、今日読んでみれば非常にダラダラして、こんがらがっていて、ひどくだらしない感じを受けるでしょう。
 意味が明白に、すばやく、頭に入ってこないように出来ている。
 というより、そうならざるを得なかったわけで、これが江戸時代までの日本の散文というものの到達点だったわけです。
 しかも、宣長なんてのはまだいいほうなんですよ。
 普通の紀行文なんかですと、話が大雑把で、紋切型の京葉の連続で、ひどいものです。
 つまり、ものごとを具体的に精細に語って、他人に情報を提供するという態度がちっともない。

 なかで例外だと思われるのは、新井白石の文章であります。
 白石の書くものは、論理的に明晰で、読む者の頭にすばやく入ってくる仕組みになっている。
 話の中身が精密で、いつ、どこで、誰が、とか、船が何隻でやって来て、交易に費った金がいくらいくらかと、きちんと書いてある。
 あれは奇蹟的なくらい西洋の散文の性格と一致するものですね。
 不思議なくらいです。
 空想を逞しうすると、彼がああいう調子の文章を書くことができたのは、白石がキリシタンの宣教師シドッテイを審問した経験のせいではないか。
 それはもちろん白石個人の才能と言うこともあるでしょうけど、しかし、一番大きいのは「西洋文化と衝突」したせいではないか。
 まったくの他人と一対一になって相手に自分のことを分からせたり、論じあったりするには、日本的な論理ではうまくいかない、ということをイタリア人宣教師との対話から学んだせいで、西洋の散文の精髄と一致するものを体得できたのではないだろうか。
 あるいはその審問の過程で、なにしろ白石は秀才中の秀才ですから、シドッテイの身につけていた、西洋的な散文の根本精神を俊敏にも学び取ったのではなかろうか。
 そう思わせるくらい、白石の散文の文体は江戸時代の中では傑出した、例外的なものだと思います。

 西洋において散文はどのように確立していったかといいますと、坊さんが説教とか、演説の文体、歴史記述などの文体においてであります。
 そういった実用的な文章が長い時代にわたってかかれ、その集積の結果、散文というものがひろい範囲の人々の共通の財産になり、それをあやつることによって、小説家は小説を書くことができるようになった。
 ですから、小説の文体の歴史の前に、いわば前史、プレヒストリーとして、ごく普通の散文の歴史があった。
 それが西洋なんです。

 ところが、近代日本の散文の歴史ではこれが逆になっています。
 開国とともに西洋の文明がおそろしい勢いで迫ってきた。
 それは西洋文明の表現である、西洋的な文体、つまり散文が迫ってきたことであった。
 これを受けいれるためには、日本語の散文の文体というものを創造しなければなりません。
 しかも、のんびり構えているわけにはゆかない。
 事態は急を要する。
 日本の散文を大至急、創造しなければなりません。
 この要求に大慌てで応えようとしたのが「口語文」という形式であり、その創造の役割を担ったのはほかならぬ小説家たちでした。
 口語文は日本の小説家が、なんとかして西洋的な散文んの文体を明治の日本に作り上げようとした苦闘の現れなんです。
 こうして、ともかくも一つの形をなした口語文を使って、歴史家も坊さんも文章を書いた。
 新聞記者も書いた。
 医学書も技術書も、これを用いて記述された。
 これが現代日本における散文の歴史のはじまりでした。

 そこで、どういうことが起こったか。
 わたしたちが用いている現代の口語文は、小説を書くには具合がいいが、それ以外の目的には、どうもうまく適合しない、という形に出来上がってしまったんです。
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 そのことを示すのは学者の文章ですね。
 国文学者にせよ、歴史学者にせよ、それぞれ深い学殖を持ち主であるはずなのに、いちおう文章が上手だと評価される人は、極めて例外的な少数に過ぎない。
 これは日本の散文というものがまだ確立していないことの証拠だと私は思います。

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 それゆえにこそ、日本人がごく普通の人でもわりに文章が書けるようになったのではないか。
 そして考えるならば、日本の散文というものは、もちろんまだ確立しているとは言えないけれど、確立しかけているのではないか。
 私はそう考えています。

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 とすれば、この大事な憲法を、明治憲法に比べて文体が劣るなんて難癖つけ、捨ててしまおうとするのは、まことに了解に苦しむ態度といわなければなりません。
 その難癖のつけ方が無茶苦茶で、むしろ逆に明治憲法のほうが文章としてははるかに劣るということは、はきほど申し上げたとうりです。







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★ ウナギと山芋:書評「天皇の祭祀」:丸谷才一

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● 1995/05[1984/11]



 「天皇の祭祀」 村上重良著 岩波新書

 未開社会の首長、古代国家の王は、どういう性格のものだったかを考える場合、その神聖性は3つに分けられる。

[1].巫王:
 これはみずから神がかりして、神の言葉を述べ、神と一体になる王。
[2].祭司王:
 自分が統治する集団を代表して儀礼をおこなひ、神に働きかける王。
[3].呪王:
 みずから呪術者であって、呪力を運用する王。
 
 もちろんこの3つは複合して現れることが多いが、いちおう話を単純化して言へば、2~3世紀の卑弥呼は巫王であったし、8~9世紀の「古事記」その他が伝へる神話や伝承や歴史によれば、日本古代統一国家の王は祭司王であった。
 天皇とはもともと、毎年、イネの収穫祭(新嘗祭)を行って神と交流する、国の最高祭司だったのである。
 それはいはば、神道の大神主ともいうばき存在であった。
 
 さういふ性格の天皇は、明治維新で改められる。
 神主であるはずの天皇自身が「神」になったのである。
 これは、在来はまったく軍事にたずさわらなかった天皇が陸海軍の大元帥となったことと同じくらいに、あるいはそれ以上に、はなはだしい変革であった。
 天皇は現人神という絶対神と化し、神聖不可侵の存在となった。
 これは日本古来の生き神の観念とは違う「一神教」的な神観念で、キリスト教の考え方に近いものだった。
 明治政府はキリスト教の影響を受けて、近代天皇制国家をしたてたのだ。

 と、村上重良が言うとき、この宗教学者は、近代日本史に対するまことに鋭い洞察を示した。
 それはおそらく今までに指摘されなかった根本的な事情ではなかろうか。
 近代日本は何かにつけて西洋と張り合い、西洋にあってこちらにないものを無理に取り入れたり作り上げたりする、「コンプレックスの強い文明」だったのである。
 たとえば、十字架上のイエスという、日本に到底ありえないものに対する対抗意識がなければ、切腹に対するこれほどの関心と執着はなかったのではないか。

 「天皇の祭祀」は、天皇論ないし近代日本政治論において最も重要でありながら、しかしなぜか無視されていた問題をわかりやすく解明した好著である。
 日本史の研究も、政治の実際も、この薄い本を一読することからはじまらなければならない。

 が、この本に書いていないことが2つある。
 一つは、日本国憲法の「象徴」とはどういう意味なのか、それは天皇の祭司王としての性格、あるいは非政治的性格の表明ではないか、ということである。
 第二は、今はともかくかっての天皇の祭祀とは神事以外の広い範囲にわたっていて、たとえば和歌を詠んだり、後宮に数多くの美女を入れたりすることも一種の祭祀、ごく広い意味での呪術的行為ではなかったか、ということである。
 博捜篤学の著者の、今後の研究課題に加えてもらいたい。


[註:「村上重良」 Wikipediaより]
都立一中などを経て、1952年、東京大学文学部宗教学宗教史学科卒業。慶應義塾大学講師を務める。
国家神道・天皇制問題の研究で定評があり、現在これらの問題について論じるにあたっては、彼の論が前提となっていると言っても過言ではない。




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