2010年7月12日月曜日

: 死んだらどうなるか、死ねば答えが出るだろう

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● 2009/04[2007/03]



 神様を信じていようといまいと、「死ねば答えがでる」わけだ。
 死んだらどうなるか。
 それは誰にだってわからない。
 死後の世界を見た、とかいう話のあったけど、あれは死んだのではなくて、あくまでも限りなく死につかづいたということだけの話だ。
 完璧に死んでしまってから、この世に戻った人はいない。
 つまり、こういうことだ。
 死んだらどうなるかを、実際に体験して知っている人間はひとりもいないということだ。
 
 誰でも、最後は死ぬわけで、死ぬのは恐ろしいけど、その反面で面白いこともある。
 「死ねば、死んだらどうなるかが、わかるのだ」
 正確にいうなら、「わかるかもしれない」、か。
 というのは、死んでしまったら何もわからなくなるという可能性もある。
 人が死んだら、バラバラの元素に戻るだけで、わかるとかわからないとかいう前に、存在そのものが消えてしまう、という考え方もある。
 どんなことにも、「解答を求めてしまう理科系人間」としては、この結末がいちばん情けない。
 「答えはわかりませんでした」
という答えが、正解なのかもしれないが、勘弁して欲しい。
 ただ、情け無いけど、その可能性がいちばん高いかな、とは思う。

 それこそ理科系的に考えれば、結局は無に還るだけ、元素に戻るだけなんだろう。
 人間の意識というものも、結局は物質から構成されているものから出てくるのだとしたら、元素がバラバラなった時点で、その存在は消えるということだけのことだ。
 恐山のイタコが、あの世から魂を呼び戻すなんていう話は信用していない。
 魂とか霊なんて、人間の想像の産物だろう。
 基本的にはそう考えている。
 でも完璧にそう信じているわけでもない。
 心のどこかには、もしかしたら、という思いがある。

 最先端の物理学の本を読むと、量子力学の不確定性原理なんていって、
 「あらゆるものは振動である」
だとか書いてある。
 そうすると、人間の思考ってやつも振動で、魂も同じように、目に見えないけれど振動であると考えたら……。
 地球には、これほどウルサイ星はないってくらい、宇宙空間に電波を放射している。
 その電波も振動であって物質じゃない。
 「物質じゃないないものが、この宇宙には確かに存在している」
 それなら、人の魂だって、物質としての肉体が滅びたあとも、その振動状態で存在しているかもしれない。
 荒唐無稽な話といえばそれまでだ。
 けれど、少なくとも、死ぬということは、その荒唐無稽な考え方が正しいか正しくないか、死んだ後のことがわかるかわからないか、の賭けに出るということでもある。
 「それだけは、ちょっと楽しみだなと思う」

 世界は今頃になって、地球温暖化のことを騒いでいるけれど、ほんとはもっと昔から、いろいろな事が起きているはずなのだ。
 微妙な変化が積もり積もって、それが誰にだってわかるくらいのおかしな天気になって現れているわけだ。
 すでに、かなり手遅れなんじゃないかな。
 何でもそうだけど、おかしいということに気がつくのは、たいてい手遅れになってからなのだ。
 なんとなく心の底でそう感じているのは、俺だけじゃないはずだ。
 「手遅れ」という言葉はきついけど、もう行き着くところまでいって、
 「なるようになるしかわからない」
とわかっているんだと思う。
 少なくとも、今の世界情勢を考えれば、この地球上の六十数億人が手に手をとって、世界を滅亡の淵から救おうと立ち上がるなんて未来は、残念ながらとても想像することはまるでできいない。
 滅亡の危機に気づいたときには、いくらなんでもまい合わないだろうことは、容易に想像できる。

 俺もそうだけど、結局誰もが不安を抱えながら、
 「自分が死ぬまでは、なんとか保つだろう
っていう、その程度の考えでいるわけだ。
 子孫の代のために、なんとかしてやりたいって気持ちもなくはない。
 だけど、その方法がわからない。
 明日から電機を使わない、クルマに乗らないとか、そういうことができるのか?
 そもそも、「その程度のことで、なんとかなる問題なのか?
 何もしないよりマシというけど、何もしないほうがマシということも、現実にはあるんじゃないか。







 【習文:目次】 



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