2010年7月24日土曜日

: あとがき


● 2006/09



 稿を終わるにあたって、突拍子もないことを言わせてもらうと、もうわかってもらえた人にはわかってもらえたと思うが、私は「愛国者の端くれ」だと思っている。

 これは、どちらかというと、本書が格差社会の是正というようなヨーロッパ社民主義的なことを主張しているために、左の人間と誤解されるのを恐れているからでははい。
 私は、どっちが国のために得になるのか(国益)というプラグマテイックな考えをすべきだと考えているため、左とか右とかいう発想自体が前時代的だと思っているからだ。
 むしろ私が誤解を恐れるのは、貧しい人、「負け組」の人が可哀想だから格差社会を是正すべきだというようなヒューマニストだと思われる誤解である。

 たとえば、子どもが勉強をさせられるのが可哀想だからといって、このような知識社会で、ゆとりの中で育てていれば、外国だけでなく、日本の「ハゲタカ」の餌食になってしまうのだ。
 日本人が惨めな思いをするのをみたくないという意味でのヒューマニズムはあるかもしれないが、私はもっと現実主義者であるし、子どもにビシビシ勉強させろと言い続け、大人にも勉強しろと言い続けてきたせいか、世間様も私をあまり「優しい人間」とは思ってくれていない。
 「そうじゃなくて優しい人間なのだ、というイメージチェンジのために本書を書いたのではない」、とあえて断っておきたい。

 要するに、国が強くなることを考えているから「新中流社会」を提言したのである。
  私が、愛国者の端くれでヒューマニストなどではない、と言うのは、多くの読者の反発を覚悟ののうえで言うと、新中流社会になって欲しいのは「日本だけ」の 話で、世界中の貧困を撲滅すべきだとか、アジアの他の国々もそうなって欲しいと思っているわけではない、ということである。
 逆にいうと、たとえ ば韓国でヨーロッパ型の社会民主正当による政権ができて、韓国が新中流社会化して、格差社会化が進んでしまった日本より中流の数が多くなり、福祉が豊かな ために一般中流層が安心してお金が使えるようになって、その消費者感覚が日本以上に「良いものであれば、高くても買う」というふうになってしまうのを恐れ ているからだ。
 かって日本の消費者のほうがアメリカの消費者より心理的に豊かになることで、日本製品がアメリカ製品にクオリテイで抜き去って、日本の製造業が栄、アメリカの製造業がガタガタになったのと同じ構図をみるからだ。

 幸いにして、韓国も中国も貧富の差が激しい。
 まだまだ中流層は薄いし、その豊かさもしれている。
 だから今のうちに日本を新中流社会にすべきだと言っているのだ。
 日本という国は貿易依存度がGDPの1割前後の低さで推移してきた国だ。
 外国に物を買ってもらえなくても、国内市場が分厚いので、経済は十分成り立っているのだ。
 これが中流が崩壊して、中流向けの製造業が、アジア諸国をマーケットにしないと成り立たなくなってしまうようなことがあると、いまとは問題にならない形で中国や」韓国の顔色をうかがわないといけなくなり、自由な外交や自由な発言ができなくなってくる。
 
 日本人というのは、変わり身が早い。
 これが取り柄だと私はみている。
 私の知る限り、自民党にも民主党にもヨーロッパ型を標榜すべきだという優秀な議員はいる。
 自民党のこの手の議員たちは郵政民営化に反対したため、ずいぶん追い出されたようだが。
 トヨタの強さの秘密が徐々に国民にも浸透しはじめているし、逆にライブドア事件や村上ファンド事件で、むき出しの競争社会、拝金社会にも、徐々に疑問符がつけられるようになっている。
 あるいは、不平等社会、格差社会へなんとなくの嫌悪感が広がり始め、逆に教育問題から機会均等へ、公教育の復権への声がたかまりはじめているのも確かだ。
 そして、新中流社会のほうが日本人にシックリくるという肌の感覚は、多くの人に共有されていると信じている。

 バブルがはじけても、長らく日本はアメリカ経済を凌駕し、日本がアメリカ経済に負けを認め、アメリカ型の改革がはじまった「マネー敗戦」からまだ10年そこらしか経っていない。
 まだまだ日本人には「日本型価値観」が体からは抜けていないだろう。
 逆に言えば、10年経ったから本当にそれでいいのかという総括もできる時期に来ている。
 実際、この10年のうち8年は自殺者が3万人を超えた。
 アメリカ型改革の前と比べると年に1万人以上増えている年が、これだけ続いているのである。
 小泉首相の政権の実績の評価がこれからさまざまな形でなされるであろうが、少なくとも精神科医の立場から言わせてもらうと、在任中の自殺者の数で新記録を作った人であることに間違いはない。
 
 まだまだ十分に間に合うし、韓国に先を越される前に、日本は新中流社会として再興することを心から念じている。

 2006年8月  和田秀樹







 【習文:目次】 



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