2010年5月29日土曜日

: アイ・キャント・スピーク・イングリッシュ

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● 2009/10



 まことに屈辱的、かつ自虐的な告白をしようと思う。
 いつかどこかで誰かに懺悔 しなければならぬ罪ならば、本書こそふさわしい。
 英語がしゃべれんのである。
 もともと見栄っ張りの恥知らずであるから、いっけんペラペラのように見えるらしいが、実は丸覚えの構文に適当な単語を鷹揚しているだけで、会話には程遠い。
 ヒアリングは先方の表情と一部の単語からの推理である。

 まずいことに、洋の東西を問わず世間の人々は「小説家=文学者=語学堪能」というイメージを抱いているので、私の海外旅行はその前提のうえに進行するから恐ろしい。
 入国書類にはむろん堂々と、「NOVELIST」とか「AUTHOR」と書く。
 職業を詐称してはならぬし、そのくらいの単語は知っている。
 ところがたいてい、通関の係員はこの職業に目をとめると、私にはまったく理解不能の質問を、矢継ぎ早に浴びせかけてくる。
 「アイアム・ソーリー・アイ・キャント・スピーク・イングリッシュ」
 屈辱の旅は、いつもこの正確無比な英語から始まる。

 もっとも、私は小説化である前に純血の日本人オヤジであるから、英語をつかえなくとも何ら不思議はない。
 しかし、わが英語歴を考えると、この結果はまことに不思議なのである。
 私立のミッションスクールに通っていた私は、何と小学校1年生のときから、外国人教師による英語教育を施されていた。
 週に2時間か3時間、6年間をみっちり学んだ。
 おそらく小学校6年生の私は、今よりずっと上手に英語を使ったはずだ。

 義務教育で3年間、中高等学校で6年間、大卒で10年間。
 私たちはかくも長大な歳月を英語学習に捧げている。
 私の場合は大学に行かなかったが、小学校の6年間に予備校での1年間を足せば、つごう13年の長きに及ぶ。
 その結果が、
 「アイ・キャント・スピーク・イングリッシュ」
では、まさに徒労というほかあるまい。

 こうした減少は、わが国の英語教育が伝統的な読み書きの学習に偏重していて、会話に重きを置かないからだと、という説もある。
 しかしたいていの人は、会話と同様に読み書きもできないのだから、この説はいささか説得力に欠ける。
 つまるところ、相当の時間と労力をかけて学ぶことは学ぶのだが、それぞれの学校の卒業時をピークとして、アッという間に忘れてしまうのであろう。
 いよいよ徒労という感じがする。

 教養というものの正体は、何も英語に限らずそうしたものであるから、まあいいか、とも思う。
 しかし、個人的には納得いかぬことである。
 私は1年に6回や7回は海外に出る。
 滞在日数の平均を掛けると、「1年のうち2カ月」は外国にいる。
 にもかかわらず、毎度毎度、
 「アイ・キャント・スピーク・イングリッシュ」
とは、いったいどうしたことであろう。
 あんがいバカか、あるいは語学的才能に実は欠けているのであろうか。
 しかし、いずれの理由も、職業上けっして考えたくない。

 ところで、かくいう私はラスベガスのカジノにおいてのみ、どういうわけかペラペラと英語を話す。
 デーライーやほかのゲストたちとの間には、ゲーミング以外の話題はありえないからである。
 使用される構文と単語は一定のものであるし、感情表現やジョークも、だいたい決まっている。
 だからこの小世界での会話は、知らず知らずのうちに体で覚えてしまった。
 一日目こそ多少のとまどいはあるが、耳が慣れてくると頭の中から日本語が消えてしまう。

 ところが、いったんカジノから出てショッピングセンターやレストランにはいると、どういうわけかその英語がまったく援用されないのである。
 身ぶり手ぶりであたふたとし、あげくは、
 「アイ・ドント・アンダスタンド」
 「プリーズ・スピーク・スローリー」
を連呼する。

 このごろ思うのだが、私は英語がしゃべれないのではなく、英語をしようするフィールドに臆しているのではないだろうか。
 だから自分尾フィールドだという自覚があるカジノでは十分な会話ができ、そこを離れてしまえば言葉が出なくなってしまう。
 われわれは等しく、3年も6年も10年以上も頭を悩ませてきた英語が、根こそぎ頭の中から失われてしまうはずはあるまい。
 われわれの胸のうちにはきっとどこかに、英語を使う外国人に対する気臆れがあって、しゃべれないのではなくただ口をつぐんでしまっているのではなかろうか。
 日本人の多くが、おそらく最大の時間を費やしてきた学問が、まさか徒労であったはずがない。







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: アメリカ人と中国人

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● 2009/10



 かって小説のなかでも詳しく書いた憶えがあるのだが、アメリカ人と中国人はなぜか「他人の空似」を感じさせる。
 第一に、外国人に対してすこぶる鷹揚かつフレンドリーである。
 なんらの他意なく、ほとんど挨拶の延長で旅行者に親しく語りかけてくるのは、アメリカ人と中国人であろう。
 しかも、当方が言語を解するか否かに関係なく、勝手にしゃべり続けるところまでよく似ている。
 声が大きいのも共通している。
 彼らに言わせれば、「日本人は無口のうえに声が小さい」のだそうである。
 世界中のさまざまな民族を公平に分析してみると、やはり日本人がそうなのではなく、アメリカ人と中国人が「オシャベリなうえに、声が大きい」のではなかろうかと私は思う。

 むろん悪いことではない。
 旅行者の立場からすると、そうした国民性は居心地がよい。
 アメリカ人と中国人は、民族的にはアカの他人である。
 ではなぜ他人の空似があるのだろうか。
 たぶん原因は地理的は形態であろう。
 地図を拡げてみれば一目瞭然だが、地球上のほぼ同じ緯度に、ほぼ同じサイズで存在している。
 早い話が、国がデカければ声もデカいのである。
 私はロシアに旅したことがなく、ロシア人もよく知らないが、たぶんアメリカ人や中国人にも増して声がデカいのではなかろうか。

 他人の空似とはいっても、似て非なるところもある。
 両国民とも自己主張がはっきりしていて譲らぬから、路上の県下をしばしば見かける。
 その点は似ているのだが、非なるところは中国人の「口喧嘩」に反して、アメリカ人は「腕喧嘩」で手が早い。
 中国人の口喧嘩は壮観である。
 相手を罵る単語が豊富であり、構文的にも多岐をきわめている。
 たとえ言葉が理解不能でも、多くの語彙を駆使していることや、さまざまの表現で相手を罵倒しているのはわかる。
 さらに感心することは、この口喧嘩の壮大な応酬は、男女の性別や年齢や、明らかにヒエラルキーが異なると見受けられるご両人でも、ほとんど関係なくくり広げられることである。
 そもそも口下手がいないのか、それとも「口下手は喧嘩する資格が無い」のか、ともかく中国における路上の喧嘩は際限がなく、しまいには人垣に囲まれたリング場の様相を呈する。
 野次馬が仲裁に入らないのもまた面白い。
 つまりそのくらい中国語はすぐれた言語なのである。
 口ですむから暴力に訴える必要はないらしく、私はかって中国の路上で殴りあう喧嘩を見たためしがない。
 それを承知しているから、あえて仲裁に入る者もいないのであろう。

 一方、アメリカ人の喧嘩はすこぶる危険である。
 言葉での応酬は実に短い。
 たちまち手がでる。
 野次馬もそういう展開を読んでいるので、相当の距離をおいて観戦する。
 カジノでは、大声を聞けばガードマンが疾風怒濤のごとくあちこちから殺到し、仲裁どころか両者を押し潰して連行してしまう。
 このあたりも中国では、たとえ警官が喧嘩のかたわらを通りすがってもとりあえず野次馬に加わり、交通の妨害にでもならぬ限りは仲裁に入らない。

 さて、このように考えると、言葉はまことに大切である。
 中国人は憤懣の相当量を言語によって解消することができる。
 素晴らしい言語能力を持つ漢民族が、かって漢土を出て戦いをしたためしは、4千年の歴史のうちでもほとんどないのではなかろうか。

 言葉というもののプリミテイブな形は「読み書き」するものではない。
 「語り聞く」ことによって相互の意思を伝達い合うものである。
 本来は対面して語りかつ聞くべきである言語が、電話機の登場によって対面せずとも可能になり、さらにはコンピューターの普及によって、「対面もせず語りもせず」に意思の疎通が図れるようになった。
 言葉の今日的な退化とは、おそらく活字離れに起因しているのではなく、対面して発声することのなくなった対話の実体が、最も重大な原因なのではないかと私は思う。
 感情を制御し担保するだけの言語は失われ、その途端に人間は暴力による感情表現をなさねばならなくなる。







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: 自動販売機(ペンデイング・マシーン)

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● 2009/10



 私が物心ついたとき、自販機はすでに存在していた。
 唯一と言ってもいいであろうか、昭和30年ごろの自販機といえば、駅の出札である。
 10円玉を入れて重いハンドルをガタンと押すと、初乗り区間の切符が出手きた。
 ほどなくそのハンドルがなくなって、硬貨を入れると同時に切符が出る機械が出現したときには、これは大したものだと感動した記憶がvある。

 それからというもの、いわゆる自販機は雨後のタケノコの生えるがごとく街角のあちこちに現れ、ありとあらゆる品物を売り始めたのである。
 したがってそれらと肩を並べて成長した私には、異物感どころか幼馴染のような親しささえある。
 長い歴史の間には、あえてなんだとは言わぬが、自販機だからこそつくづく有難かったものとか、パロデイとしか思えぬ一発屋とか、存在理由がどうしても理解できぬ変わり種とか、いろいろあったのだけれど、そうしたキャラクターもまたともに育った友人と同じだった。
 いきおい若い人たちからすれば、自販機社会は既成事実であり、自然環境に等しい。
 むしろこんな便利なものが、なぜ外国には少ないのだろうと誰もが首をかしげるにちがいない。

 ところで、ふと思い返してみるに私が初めて海外に出た昭和40年代末のことだが、ホノルルのアラモアホテルのエレベーターホールには、日本のそれと同じ清涼飲料水の自販機がたしかにあった。
 缶コーラが25セントだったことも覚えているのだから、まちがいではない。
 つまりそのころには、日本製か米国製かはしらないが、少なくともハワイには自販機が導入されていた。
 しかしほどなくそれらは姿を消してしまい、このごろになってようやくあのバカでかい、それこそ中に人が入っているんじゃないかと思えるようなコーラの自販機が、世界中の都市のあちこちでちらほら見受けられるようになった。

 さて、この不可解な空白はいったいどうしたことであろうか。
 万事において合理性を追求するアメリカ人が、いったん導入した自販機文化を発展させなかった理由が、治安のよしあしばかれであるとは思えぬ。
 少なくともホテルの中に設置した自販機をあえて撤去する理由はあるまい。
 そこで私は、この便利な機械文明が日本だけ栄え、諸外国ではさほどに進展しなかった理由について考え直してみた。

 生活に必要な品物の売り買いというものは本来、両者が対面してこれを行うという常識と道徳がなければならぬ。
 もしや日本人はその世界的な常識と道徳とを無視して、単純に物とお金とを交換するという合理主義に走ったのではなかろうか。
 だとすると、香港の良識ある新聞が、
 「少子化対策のため」、あるいは
 「移民の労働を代行するため」
と規定した自販機の存在理由も、むしろ好意的な対日本人観と思える。

 たぶん私たちはめくるめく高度成長期に、アメリカの合理主義を超越してしまったのであろう。
 自販機がかくも増殖した本当の理由は、日本人の機械好きでも、日本社会の治安の良さでもなく、われわれが物の売り買いにまつわる人間のコミュニケーションすらも、不要なものだと考えた結果ではあるまいか。
 懲役52年の老侠客は、明けやらぬ路上で自販機を見つめながら、しみじみとこう呟く。

 いってえ日本はいつになったら元通りになるんでござんしょう。
 戦いに負けるってのア、切ねえもんでござんすね








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: ラスベガス

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● 2009/10



 私がラスベガスに通う目的は、一にかかって「自己喪失」である。
 そもそも旅なるものの本質はそれなのだが、旅なれぬ人はその本質を誤解して「自己確認」をしようとし、ために旅をはなはだつまらぬものにしてしまう。

 ベガスにおける自己喪失感は、すこぶる顕著かつてきめんである。
 かくやくたるモハヴェ砂漠の太陽に身を晒したとたん、自己は一滴の水のごとく揮発し、陽が落ちてブールヴァードの光の洪水に身を委ねれば、自己もしくは自己と信じていたもののすべてが、抜け殻のようにいずこともなく流れ去る。
 かくて、たとえば浅田次郎という人物は消去され、おのれはアルファベットの一文字で表記されるような、あるいはそれにすら価しない任意の一人になる。
 すなわち、この奇妙な感覚が旅の本質であり、旅人の正しい姿なのである。
 
 「旅の哲学」を語ったからには、わが身になぞらえて自説を証明する必要があろう。
 以前にも書いたが、私はかって旅先作家に憧れを抱いていた。
 心の逝くままぶらりと旅に出て、鄙びた温泉宿やリゾート地のホテルで、甘い恋物語を書き綴るのが夢であった。
 ところが、いざ小説家という職業についてみると、そうしたロマンチックな現実は許されなかった。
 人並みの幸福に浸る、ころあいのいい売れ具合というものがないのである。
 つまり、生産性はまったく自分ひとりにかかっているのである。
 不遇の時代には生活と格闘せねばならず、やがて厳冬を一気に抜けると、たちまちに膨大な仕事が小身にのしかかって身動きもできぬようになる。
 いくら忙しくなろうと、時間はなんとかなる。
 夜も眠らずに原稿を書いて、それでも物理的に到達不可能な目標など、いかに無計画な作家でも受けるはずないからである。
 これは経験上、たしかに何とかなる。

 この際の問題は肉体ではなく精神力である。
 たとえば5本尾連載小説を抱えてしまうと、そこには5つの異なったテーマが存在し、数十人の人格と彼らが後世する5つの世界がある。
 多くの読者を得心させるようなエンターテインメントに、日常の退屈な些事を書き綴ることなど許されない。
 すなわち、書くべき物語は血沸き肉躍る5つの嘘である。
 多少の宣伝を兼ねて具体的に述べると、かって『蒼穹の昴』と『プリズンホテル』は同時進行であり、『壬生義士伝』と『王妃の館』と『オー・マイ・ガアッ!』もまったく同時期の連載であった。
 もちろんそのうえに、毎月一篇か二篇の短編小説が積み重ねられ、さらに連載エッセイが加わる。
 こうなると、作家というよりむしろその精神状態は、昼の部と夜の部に喜悲劇の舞台をかけもちする役者に似ている。
 まことに重篤な多重人格障害である。

 幸い頑健な肉体が、精神を担保している今のうちはよいとしても、いずれ筋肉の衰えとともに精神が肉体を最良する年齢に至れば、自殺するか発狂するか犯罪をおかすか、それらのすべてが嫌なら廃業もしくは僧籍に入るほかなかろう。
 ところがそのとき、私の精神を支えている意外な事実に気がついた。
 月曜日の私は自己を恢復しているのである。
 つまり月曜をスタートラインとして、金曜日まで八面六臂の仕事をし、週末は朝から競馬場に行く。
 そこでいったん、5日分の多重人格とおさらばする。
 ただしくは虚構の自我を喪失して、本来の自我を獲得するのである。
 かくてこの手法の演繹により、私は週ごとの短期的自己喪失を競馬場で行い、それでも蓄積する長期的虚構は、ラスベガスの太陽の生け贄としてささげることにした。

 この喪失と恢復の方法は小説家にのみ有効なものなのであろうか。
 周囲を見渡せば現代に生きる人々は誰しも、喪失せしめねばならぬ虚構の自我を持っている。
 そしてしかるのち本来の自己を恢復せねば、実は健全に生きていくことはできぬのである。
 それが私にとってのラスベガスの効用なのである。



 



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★ つばさよつばさ:ピラミッド:浅田次郎


● 2009/10



 近ごろの学説によると、エジプトの巨大ピラミッドは王墓ではないらしい。
 今さらそんなことを言われても、誰だって子どものころから「ピラミッドはファラオの墓」と教えられてきたのだし、百科事典の記載もいまだその通りなのだから、甚だとまどう。

 正しくは「王墓ではない」とする明確な証拠があるわけではなく、「王墓である」とするには矛盾点が多いのである。
 つまりわれわれは、紀元前5世紀にギリシャのヘロドトスが『歴史』の著述でそう断定して以来、「ピラミッドはファラオの墓」と思いこみ続けてきたことになる。

 いちおうヘロドトスの名誉のために言っておくが、もし私がヘロドトスであったとしても、あの巨大なクフ王にピラミッドをひとめ見れば、疑いようもなくファラオの墓だと直感するであろう。
 多少頭を働かせたところで、ひかの存在理由は思いつかぬのだから、やはり墓だと信ずる。
 ましてや日本には、同じくらい巨大な古代天皇陵があるので連想はたやす。

 ではピラミッドが墓でないとすると、いったいなんの目的で造られたのか。
 この点の有力なる最新学説には二度驚かされる。
 「公共事業」だそうである。
 つまりナイル川の氾濫期に畑を失ってしまう農民を集めて、ひたすらピラミッド建設に従事させ、食料を給与するという失業対策事業であったというのだ。
 目的はピラミッドの完成ではなく、雇用促進にあったという。

 あまりに今日的な解釈という気がしないでもないが、よく考えてみればこの5千年に人類が進歩したと思われる点は、ひとえに科学的な分野においてのみであって、芸術やら思想やら社会制度は、進歩というよりへんせんといったほうが正しかろう。
 明らかに退行していると思われる面も少なくない。
 だとするとクフ王が失業対策に悩んだあげく、
 「なんでもいいからデカものをを造れ、ともかく雇用だ」
と、命じたとしても、ふしぎではないような気がする。
 施しが美徳とされるのは、ずっと後世になって宗教的な裏づけがなされからのことであろう。
 プリミテイヴは王権社会では、
 「働かざる者、食うべからず」
という理念があったはずである。

 もしこれらの最新学説が正しいとすると、ファラオはましてや偉大である。
 かれらの公共事業は雇用促進の目的を達成したばかりでなく、それから5千年の長きにわたってエジプトのシンボルであり続け、いまだに年間二百数十万人の観光客の招致と膨大な外貨獲得に寄与している。
 そう考えれば、もしかしたらわが国の天皇陵も中国の万里の長城も、失業者対策という目的を持っていたのかもしれない。

 今日の政治がまさか古代エジプトより劣っているとは思えぬが、人類が徐々に目的達成のダイナミズムを失ったことはたしかであろう。
 後世の人々はみな、古代ギリシャ人でさえもファラオのダイナミズムに思い及ばず、「ピラミッドはファラオの墓」としか考えつかなかったのではないだろうか。
 ヘロドトス依頼の思いこみは、言をかえれば
 「人類社会は進歩している」
という思いこみである。

 



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2010年5月27日木曜日

★ 進化するグーグル:まえがき & あとがき:林信行

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● 2009/01



 まえがき
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 小さなちがいが大きな流れの変化を生み出すことがある。
 
 グーグル以前にも、世の中みはいくらでもインターネット検索のサービスはあった。
 「キーワードを入力してボタンをクリックすると、結果一覧の表示」
 こう書くとグーグルも、それ以前の検索サービスもあまりかわらない。
 しかし、そうした機能説明では伝わらない、ちょっとした違いが大きな変化を生み出した。
 クリック後、瞬時に結果が表示される快適さや「気になる答えが必ず上位に表示される」という賢さが加わったことで、グーグル検索は
 「インターネットの探し物はほぼ確実に見つかるという実感」
を、世界中の人々に植えつけた。

 このグーグル登場後すぐに、Webではもう一つの変化が起きる。
 それまで技術を持った人と資金力のある企業しかいなかったインターネットに、まったく機械音痴という人でも簡単に世界へ情報発信できるそーしゃるメデイア(ブログ、SNSなどを含む参加型メデイア)が広がり始める。
 これらのソーシャルメデイアは、グーグルが生み出した変化に乗り、発信した情報が、それを求めている人に確実に届くように---たとえば記事ごとに独立したページを設けるなどして---検索されやすくなるように努めた。

 小さな変化が、インターネット全体を取り込んだ大きな潮流に変化し始めた。
 こうして、世界中の知恵と情報が結びつくようになると、インターンネットはさらに多くの人々に広まり、より広い目的で使われるようになる。
 このような、我々の日常まで変えうる変革をIT系出版社オライリー・メデイア社のテイム・オライリー氏は
 「Web 2.0
と呼んだ。

 もっとも、この「Web 2.0」の革命は、これまではオフィスや書斎に置かれたパソコンの前まで行ってはじめて恩恵を受けいれられるものだった。
 それがいまや、アップル社の「iPhone」や、それにつづくグーグル社の携帯電話規格「Android(アンドロイド)」によって、日々の暮らしの中のパソコンに触れていない時間にまで進出をはじめようとしている。
 グーグルは、こうした新たな時代の大きなうねりを生み出しながら、1998年のたった2人での創業から、わずか10年間で、世界のトップ科学者が集う社員数2万人以上、2007年の純利益42億ドル(約4,200億円)、時価総額1,870億ドル(約18兆7千億円)の企業に成長した。

 本書では、今の社会を語る上で無視できないまでに成長したこのグループの驚くべき影響力の大きさと、今日に至る10年の歴史、そして同社がどのように発想して、こうした世界を作ってきたかを紹介していきたい。



 あとがき
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 本を買うときに、まず「あとがき」を読んで本を選ぶ人がいる。
 じつは私のその一人。
 本書では、高度情報化社会において、ますます大きくなるグーグルの影響力と、そこに至るまでの簡単な歴史、そして未来の展望を駆け足で紹介したが、その目的は、単に
 「グーグルってすごいんだ」
と驚いてもらうことではない。

 私の願いは、本書から、これから先の日本の企業や社会、そして人々の生活を想像し、創造する何かのヒントを得てもらえれば、というところにこそある。
 「打倒グーグル」と息巻いて新製品を開発する会社は多い。
 「グーグルの支配から抜け出せ」と煽り立てるメデイアもある。
 だが本当にグーグルを超えることをしたければ、ただ製品やビジネスモデルだけを考えるのではなく、懇意地、我々を取り囲む社会、そして世界全体にもう一度、目を向けて最新のテクノロジーがこの社会・世界を良くするために何ができるかを真剣に考えなければならない。

 数年前から多くの企業が流行り言葉のようにして「CSR、CSR」と唱え、とってつけたように環境への取り組みを紹介している。
 しかし、本質的なCSR(企業の社会的責任)とは、特別な"行為"をk考えることではなく、その結果生まれる社会への責任を実感したときに、自然に生まれてくる振る舞いだと思う。
 日本では、会社に閉じこもりマジメに机にしがみついていることこそが、「仕事の美徳」と考える人が多いが、世界を根底から変えるアイデイアや商品が、グーグルの遊び心溢れた職場から生まれてくることにも何か考えさせられるものがある。 
 日本は今、本当に大事なものは何か、をもう一度見直す必要がある。
 グーグルは、それに対する答えを自慢の検索サービスでは教えてくれない。
 しかしその存在と行為を通じて、世界中にヒントを発信し続けている。

 アップルもグーグルと並んで、未来の社会構造までデザインしようと目論んでいる数少ない企業の1つだ。
 
 2008年12月









 【習文:目次】 



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2010年5月24日月曜日