2010年8月25日水曜日

★ 「やめられない」心理学:島井哲志

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● 2008/04



 誤解を恐れずに言えば、心理学の立場からは、食べるという行動にはそれほど興味深いところはない。
 人は目の前においしそうな食べものがあれば食行動を開始させ、行動の結果として満腹になれば、その行動を終える。
 動機づけもハッキリしている。
 人間は、おなかが空けば空くほど努力する。
 また同じ労力をかけるものであれば、食べものとしてはよりエネルギーになるものを選ぶ。
 これは予想通りであり、わかりやすい結果である。
 つ7まり、食行動は、錯覚、感情、人間関係や性格ほどには、心理学者の注目を浴びるテーマではない。
 しかし、それほど予想どうりのわかりやすい行動システムなら、現代社会で肥満が増えているのは不思議な現象だ。

 一人ひとりが空腹の状態に応じて、そのときに必要なエネルギーを摂取する食行動を行い、必要なエネルギーを摂取したとき満腹になり、そこで食べるのをやめるのなら、誰も太る人はいないと考えられる。
 そもそも肥満の人の食行動は、ふつうの人とどこがちがうなだろう。
 自分が消費している以上のエネルギーを摂取している、つまり食べ過ぎているということは、肥満という結果をみれば一目瞭然にわかる。
 では、食べ過ぎる行動は、どんな仕組みで起きているのだろう。

 先進諸国で肥満の割合が増えているのはなぜだろう。
 実は理由は簡単なのである。
 すぐ手の届く目の前に、食べるによさそうな美味しいものがある、からだ。
 食べものは刺激として非常に強い支配力をもって、食行動をコントロールしている。
 食べものが目の前に¥あるとき、わたしたちは基本的に食べる行動へと強く促されてしまう性質を持っているのだ。
 
 食物刺激には支配力があるが、条件によってその力の大きさが違う。
 その条件とは、
①.空白状態
②.食べるにすさわしい色や形、および味や香り
③.経験
である。
 経験の差は文化の影響を受けやすい。
 もともと高エネルギーのものは食物としての支配力が強いと考えられるが、もしも小さいときから、見た目もきれいでエネルギーの高い食物に慣れ親しめれば、その食物を目の前にすれば食行動は起こりやすくなる。
 そうした状態がいま、先進国で起きているのだと考えられる。
 食物がいつでも簡単に手にはいrと、目に触れる機会が増す。
 そして、支配力の強い食物が身近にあれば、結果として肥満の人の割合が増えるわけである。

 食は、文化の中心に位置づけることのできるものの一つだ。
 世界の国々には、どこの国にも独自の食文化があり、どこの国でも食べることは、人生の楽しみのかなり上位に位置する。
 ところが、先進国においては、食の豊かさを実現したがゆえに、食べることを人生の楽しみにすることができない、という皮肉な自体が生じている。
 楽しみのままに食べると肥満などの健康の問題につながってしまうという矛盾に直面してしまうのだ。

 「フレンチ・パラドックス」という言葉がある。
 フランス人は、バター、生クリーム、チーズやフォアグラなどの動物性脂肪がたっぷりの食生活をしている。
 しかしそれにもかかわらず、同じように動物性脂肪を食文化に取り入れている他の欧米諸国と比較すると、心筋梗塞による死亡率が低い。
 それをパラドックアスと呼ぶものだ。

 そして、心筋梗塞が少ないのはフランス人が赤ワインをよく飲むからではないかという説が登場した。
 日本の赤ワインブームがはじまったのも、この説に支えられていた。
 しかし、日本人で赤ワインを飲む週間のある人が飲まなかった人より心筋梗塞になりにくいデータはない。
 そもそも、日本人は日本人はフランス人よりも心筋梗塞になりにくい。
 そして日本人はお茶をよく飲みが、お茶にもポリフェノールが含まれていて、その効果を得ているかもしれないともいわれている。

 実は、赤ワインに含まれているポリフェノールよりも心筋梗塞予防に効果があると考えられている食行動のポイントがある。
 それは、アメリカ人に比べるとフランス人は、食べる量が少ないということだ。
 ファーストフード店や中華料理店の同じメニューを、アメリカとフランスとで比較すると、明らかにフランスで出されるもののほうが少量なのである。
 つまり、アメリカでは目の前に大量の食べものが出され、それを食べてしまっている。
 その結果として、肥満が多く、肥満から引き起こされる動脈硬化や心筋梗塞が多いと考えられるのだ。

 ちなみに、OECD加盟諸国のデータ比較によると、アメリカではBMI(ボディマス指数:身長からみた体重の割合を示す体格指数)が30を超える肥満成人の割合は30.6%である。
 フランスは9.4%、日本はわずかに3.6%である。
 少食であることがフランチ・パラドックスを生み出したのかもしれない。
 また、フランス人は食の楽しみを高く評価しており、脂肪をとることを気にせず、しかも自分の食生活は健康的だと考えている。
 これに対してアメリカ人は、食の楽しみを低く評価し、脂肪をとらないように努力し、さらにそのうえ、自分の食事を健康的でないと評価しているという。

 フランス型食行動とアメリカ型食行動の、どちらがより健康的かは明白である。
 最近、「メガ食品」と呼ばれる「1000キロカロリー」を超すファーストフードがブームだという。
 これを提供している会社が食の重要さや食を提供する社会的責任を理解しているか疑問である。





 【習文:目次】 



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