2010年8月15日日曜日

★ クジラは誰のものか:秋道智彌


● 2009/01



 現在、世界に生息するクジラは八十数種類である。
 研究者によって分類の仕方に若干の違いがある。
 クジラのほとんどは海洋に生息する。
 が、カワイルカのように淡水域で生活する種類もいる。
 大きさも30mのシロナガスクジラから、2mに満たないコビトイルカまで多様である。

 最近では、1998年に山口県の日本海側にあつ角島(つのしま)沖(下関市豊北町)で漁船と衝突したクジラは新種であることが研究者によって明らかとなり、「ツノシマクジラ」と命名された。
 その快挙は、2003年の「ネイチャー」誌に掲載された。
 このクジラは、形態的には「ナガスクジラ属ニタリクジラ」に類縁することがわかっていたが、DNAの塩基配列の解明によって別種とされた。
 しかも、ニタリクジラ自体も同様なDNA塩基配列の研究からニタリクジラとエーデンクジラの2種類に分類された。
 ナガスクジラ属のクジラが、一気に6種から8種に増えたわけである。
 今後も、クジラの新種が発見される可能性がある。
 地球の海は分かっているようでまだまだ未知の世界である。

 広い大洋を遊泳するクジラは自然物であり、本来誰のものでもない。
 そもそもクジラを利用する権利はどのように主張されてきたのか。
 クジラを殺すことは神の意思に反するとか、道徳的にゆるされないと考える立場の人にとり、人間はクジラを支配し、所有することなどできないと考える。
 しかし他方で、クジラはカミから人間に贈られた海の幸であるとと考えるひとびともいる。

 野生動物は自然的存在であるが、ウシやブタのような家畜は人間が自然に介入して作り出したものである。
 したがって、前者は誰のものでもないが、後者は所有者が決まっている。
 この考え方は意外と広く認められている。
 問題となるのは、家畜は人間が作り出したものであるから殺すことはゆるされるが、誰のものでもない野生のクジラを勝手に殺すことは許されないと主張する人々の考えである。
 これと同じ発想は、長崎県壱岐で1980年に起こったイルカ裁判での後半におけるアメリカ側の弁護人の供述にも表明されている。
 かなり根の深い問題であることをうかがわせる。

 クジラと人間のかかわりについて考える最大のポイントは、クジラを消費するのか、あるいは消費しないのか、という点である。
 アニマル・ウエルフェア(動物愛護)の立場からすると、人間が動物を消費する行為は基本的に許されない。
 動物愛護派の人々の頭には、動物の消費=悪、非消費=善、という図式が根底にある。
 クジラについていえば、消費の例が捕鯨であり、非消費の例がホエール・ウオッチングである。
 クジラの消費を悪とみなす人々は、絶滅に瀕する状況にあるクジラを商品化する行為は即刻やめるべきだと主張する。
 これに対して、捕鯨擁護派は絶滅に瀕するクジラをこれ以上獲りつづけることは資源管理上好ましくないが、資源量が十分であるクジラであれば、控えめに見た量を獲っていくことこそ海洋資源の適正な利用の上で重要である、とする。

 現在、IUCN(国際自然保護連合)によるレッドリストには、絶滅危惧種として、
 シロナガスクジラ
 ナガスクジラ
 セミクジラ
 イワシクジラ
 などの大型ヒゲクジラ類が挙げられている。
 しかしもっとも絶滅危惧が案じられているのは河川に生息する小型のカワイルカである。
 絶滅危惧ではないが、危急種・準危急種として
 ザトウクジラ
 マッコウクジラ
 ホッキョククジラ
 コククジラ
 ミンククジラ
が、リスト化されている。

 地球上に現存するすべてのクジラ・イルカ類が絶滅危惧の状態にあるわけではない。
 南極海には約76万頭の「クロミンククジラ」が生息されているとされている。
 科学的な調査によるので、虚偽の数字というわけではない。
 クロミンククジラはこれまで捕鯨の対象とはほとんどされてこなかった。
 現在では急激に増え、シロナガスクジラと餌生物のオキアミを取り合う競合関係にある。
 南極海に生息するクロミンククジラは北半球のミンククジラとは別種である。
 
 シロナガスクジラの場合、資源量を低下させたのは乱獲のせいである。
 その資源量は南極海におけるシロナガスクジラ漁の開始前の「1/100~1/200」までに低下したとされている(推定で20万頭から1,700頭に減少)。
 そのため、1964年に世界で全面禁漁となった。
 が、現在でも資源回復のメドはあまり立っていない。
 これは、餌を同じくするクロミンククジラがその生態学的地位(ニッチェとよぶ)に収まって増加したため、シロナガスクジラの増加が抑えられてしまったためと思われている。
 また、アザラシやペンギンによる餌生物の捕食を考えると、シロナガスクジラの生存基盤は大きな危機にさらされていることになる。
 クロミンククジラを捕鯨によって適切な量だけ間引くことが提案されているのはこの理由による。
 しかし、それによって本当に増加するかどうかははっきりしていない。

 推計ではあるが、クジラが捕食する魚類は世界全体で年間「2億トン~5億トン」であり、それに対して人間による漁獲量は「9,000万トン」であり、、はるかに多いとされている。
 クジラ以外の海棲哺乳類や鳥類による魚類の捕食分を加えると、その量はさらに多くなる。
 アシカ、オットセイ、トドなどが保護の対象になっているので、それらの個体数の増加も考慮しないといけない。
 イカ、サンマ、スケソウダラなどの漁業資源は日本、ロシア、韓国などに利用されてきたので、このままクジラが’増え続けると人間の将来にわたって確保すべき食料をクジラと競合することになる。
 人間の食料を安定的に供給するために、捕鯨によって間引きして漁業資源を確保し、併せて食料としてもクジラを持続的に利用するのだ。
 そのために人間はクジラ資源を管理する権利と義務があるとする議論がある。

 1992年のリオデジャネイロにおける地球環境サミットで、最重要課題の一つとして食料の安全確保の問題が取り上げられた。
 北太平洋でミンククジラがイカ、サンなどを大量に捕食することとの関連で、世界の食料問題にとり、海洋資源をめぐる人間とクジラの競合関係がネックになることが憂慮されている。
 海洋生態系のバランスと将来の食糧確保のため、間引きは当然とする考えである。
 しかし、肝心のサンマやイカ、スケソウダラなどの資源動向がきちんと明らかになっていないとすれば、ミンククジラだけが魚を大量に食べているとする議論は注意が肝要である。
 生態系では季節変化を含めて時間的は環境の変動が常に起こっている。
 このことを十分理解しておくことは、最低限必要なことである。






 【習文:目次】 



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