2010年4月24日土曜日

★ ガン回廊の炎:あとがき:柳田邦男

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● 1992/06[1989/07]



 ガン制圧という難問を克服するために、臨床医や研究者たちに求められる一番大事なものは何だろうか。
 それは、たちはだかる難問を何としてでもブレークスルー(突破)しなければ退かないというパッション--情熱--ではないだろうかと、私は思う。

 そして、パッションこそ、私がガンとの闘いの記録を継続して書いていこうと心に決めて、10年前に著した第一作『ガン回廊の朝(あした)』以来の主題であった。
 本書においても、私のその意識は変わっていない。

 本書は、1970年代末から1980年代末にかけてのほぼ10年間におけるガン医学・医療の歩みを、同時期における人間の生と死を重ね合わせつつ記録したものである。
 『ガン回廊の朝』は、早期胃ガン発見のための診断法が確立された1960年代から、ガン医学と発ガン研究がようやく多様な前進をみせ始めた1970年代にかけての時期を大賞にしたのに対し、それ以後を扱った本書は、いわば姉妹編ということができる。
 しかし、それぞれに独立した作品であることは、いうまでもない。

 本書で採り上げた素材は多岐におよんでいる。
  血を流さない肝ガン手術法の新展開、
  機能温存の大腸ガン手術、
  乳ガンの縮小手術、
  早期胃ガンの局所治療、
  高齢者肺ガンの手術法、
  進行ガンの温熱療法、
  モルヒネ革命による疼痛対策の前進、
  中心静脈栄養法(IVH)、
  CR・超音波・電子内視鏡などの新しい画像診断装置の開発、
  通院治療センター、
  ターミナルケア、
  新しい「生と死」のかたち、
  ガン遺伝子、
  発ガン物質、
  研究の国際化、
等々、いずれもガン医学の新しい潮流を形成するものばかりである。
 これらの項目を見ただけでも、ガン医学・医療が1980年代になって、いかに大きく変貌し前進し始めたかがわかろうというものである。
 『ガン回廊の朝』を書いた当時には予想していなかったものが大部分を占めているだけに、1980年代のガン医学・医療の進展に、私は驚きの連続だった。

 こうした素材のそれぞれについて、私は、研究や開発の発送の原点や臨床での取り組みの経過と成果を、ドラマとして取り出すように努めた。
 ドラマのシーンにこそ、パッションを見出すことができると、かねて考えていたからである。

 パッション(passion)という言葉に関して、もう一つ書いておかなければならないことがある。
 パッションという言葉は、第一義的には「情熱」という意味に対応させてよいのだが、もう一つ別の語義として、「受難」という意味で使われることがある。
 大文字で”The Passion”と書けば、キリストの受難を意味する。

 ガンという不条理の病に襲われるのは、現代人の「受難」というべきではないか。
 臨床医や研究者がガンの治療や研究に「情熱」を燃やすのは、その裏側にガン患者の「受難」に対する限りない同情と愛があるからであろう。
 その表裏両面を内包するパッションという言葉こそ、ガンとの闘いを前進させるキーワードだと、私は考えている。

 ガンとの闘いの記録を書き続ける意図について、私は『ガン回廊の朝』につづいて日米両国の取材をクロスさせて書いた『明日に挑む闘い ガン回廊からの報告』の「あとがき」のなかで、次のように記した。

 ガン制圧は、20世紀の人類の課題である。
 これからの21世紀に向けて繰り広げられていく無数の闘いは、明日への遺産として、可能な限り書き継ぐがれるべきである。
 たとえ年月を経ても、医学と人間の真摯な闘いの中には、繰り返しかみしめられるべき普遍的な価値があるはずだからだ。
 書き継ぐ方法としては、5年刻みで、その間にあった闘いと前進を、同時進行の形で記録していく。
 5年くらいの感覚が、研究なり臨床的実践なりの意義を評価するのに、手ごろであろうし、次の段階へのパースペクテイヴ(展望)をもちやすいだろうと思う。
 このようにして10年、20年と記録を積み重ねていけば、広範な「現代の戦場」において人間が何をしたのか、その全体像を明らかにすることができるのではなかろうか。
 この作品は、前作『ガン回廊の朝』とともに、そのような狙いによる連作の「戦記」の第一歩にしよう。

 これが、私の構想であった。

 この考えは、いまも変わっていない。
 それゆえに、いま再び『ガン回廊の炎』を書いたのである。
 そして、本書では、全2作よりも多様な視点を導入し、ガンとの壮大な闘いを、医師の眼だけで見るのではなく、看護婦の眼、薬剤師の眼、基礎研究の眼、企業の開発者の眼、患者・家族の眼という様々な視座から、それぞれ均等に眺め、そこに全体ドキメントとでもいうべき世界を構築しようとした。

 断っておきたいのは、本書はガン医学の総論ではないし、日本のガン医学全体を満遍なく紹介した報告でもない。
 現代のガンとの闘いの戦場の内実を描き出すために、一定の場所にカメラを据えて、定点観測する方法を考え、その観測点として国のガン対策の中心帰還になっている「国立がんセンター」を選んだのである。
 国立がんセンター以外の全国各地の大学や各種の医療機関や研究機関でも、それぞれにすぐれた臨床の取り組みや研究を進めているのは、いうまでもない。
 そのいくつかは、観測点である国立がんセンターでの物語りを進めるうえで、必要な範囲で記述した。
 読者が本書を「現代の戦場」で起こっていることを記録した叙事詩として読んでくださることを願っている。

 本書は「NEXT」誌に1988年1月号から12月号まで12回にわたって『続・ガン回廊の朝』の題で連載した作品(約900枚)の構成を大幅に変えるとともに、約200枚を加筆して、題も『ガン回廊の炎』とあらためたものである。

 1989年夏  著者






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 ということは、前作『ガン回廊の朝』を読んだのは、いまから30年も昔のことになるわけである。





 【習文:目次】 



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