2010年9月5日日曜日

: イギリスの医療制度

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● 2009/01



 NHS(ナショナル・ヘルス・サービス)は今や世界最大規模の公共・保健サービスである。
 そこの働く人の数はなんと150万人。
 単一の組織が雇用している人数としては、中国人民解放軍、ウオールマート(アメリカの世界最大のスーパーマーケット・チェーン)インド国営鉄道に次いで世界4位という規模である。’
 これほどの巨大組織であるからこそ、サッチャー政権下でも解体されなjかったという側面がある。
 逆に巨大組織であるがゆえに、さまざまな問題が生じている。

 イギリスで病気になったらどうすればよいだろうか。
 まず、自分が登録しているGPに診てもらうことになる。
 GP(ジェネラル・プラクテイッショナー)は一般開業医の意味であるが、最近我が国では「かかりつけ医」と訳されている。
 救急車で直接病院に搬送されるような場合を除き、専門医にはGPからの紹介がないと診てもらえないシステムになっている。
 たとえば下痢が続いても胃腸科へは行けないし、耳鳴りが酷くても耳鼻科へは行けないし、湿疹がひどくても皮膚科にはいけない、という具合である。
 GPが「大したことない」と判断した場合は、薬の処方箋をだして、しばらく様子をみましょう、といった言い方をされる。
 2週間ほど経って、再びGPに同じ症状を訴えると、ようやく病院に紹介してもらえるが、その病院のアポイントメントが数カ月先ということも珍しいことではない。
 さらに、専門医による初回の診察から、検査、手術と、いちいち数週間単位の順番待ち期間が入り、これまた珍しくないことで、ためにおそろしく気の長い治療となる。
 順番待ち期間中に症状が突然悪化して手遅れになるケースもあり、そうなったら「タダより高いものはない」では済まされない事になる。
 つまり「GP制度」は、専門医による治療を必要としない人までが病院に殺到するのを防ぎ、医療費を抑制するための防波堤のような役割を果たしているのだが、逆にいうと、それ以外の役割は何も果たしていないのである。

 GPは登録制で、転居した場合は、新たに地域のGPに登録し直さないといけない。
 これを怠るとタイヘンなことになる。
 これは冗談事ではない。
 かっては、GPは文字通り「かかりつけ」「町内のお医者さん」だったのであるが、社会が複雑になり、若い世代は進学・就職・転職・結婚などで転居を繰り返すことがあたりまえになり、また大都市には多数の外国人が流入してきた。
 いまや、2,000名以上の患者登録を受け付けているGPも珍しくなくなり、「かかりつけ医」としての機能は、もはや失われている。
 我が国でも「かかりつけ医制度」が徹底してくると、たとえば糖尿と関節炎の持病を抱えているような人は、内科か整形外科、どちらか一方に登録せねばならなくなり、もう一方については保険の適用が制限される、といった事態になりかねない。
 大体において、為政者が外国の制度を称賛し、見習おうと言い出すような時は、自分たちにとって都合のいいこと(この場合、医療費抑制) ばかり考えているから、注意が必要である。

 ブレア政権は、毎年のようにNHSの改革案を示し、追加財源を投入して、サービス向上の具体的ターゲットを策定してきた。
 そのターゲットとは、たとえば
 「誰でも申し込んでから48時間以内にGPの診察をうけられるようにする」
といったことである。
 しかし、この改革が行われたらどうなったか。
 以前は、GPで診察を受けた際に
 「一週間様子を見てkら、またきなさい」
といわれたような場合、その場で1週間後のアポイントメントがとれたものが、不可能になってしまったのである。
 当日にしか電話できないので、朝9時になると電話が殺到する。
 ようやくつながっても、その日の診察予定がすでに一杯になってしまっていることが多く、
 「緊急でなければ、明日また電話してください」
と言われてしまうことになってしまったのである。

 こうしたターゲットのために、NHSでは非医療スタッフ(事務方)の雇用ばかりが増え、医療そのものの効率は対して改善されていないことになった。
 ブレア政権になって賃上げは実現したが、過酷な労働環境は相変わらずで、医療スタッフの士気もなかなか上がらないらしい。







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